取り組み事例紹介

国立大学法人 群馬大学

■ ビジネス日本語・日本ビジネス

論理的思考能力を養うためのビジネス日本語教育

Q. ビジネス日本語、日本ビジネスの指導概要について教えてください。

ビジネス日本語については、当初のカリキュラムに改善を重ね、現状では「ビジネス作文」「BJT対策」「日本事情理解(読解)」「日本事情理解(討論)」「ビジネス会話」の5科目を設けて指導しています。90分×15回(半期)を1科目として行っています。留学生は通常、半期15回の授業2~4つに登録し、これらを2年かけて履修することになります。
 いずれの科目も、ある程度の日本語力がないとこなせないレベルに設定していますから、日本語能力試験2級未満の留学生に対しては、もう少し基礎的なことを学ぶ中級コースを設けています。こちらは3レベルあり、それぞれに「総合」(週2コマ)「会話」「作文」(各週1コマ)のクラスがあります。ビジネスに関するテーマも一部扱うようにしています。
 日本語力がゼロの留学生に関しては、入学前の6ヶ月の事前教育にて、群馬大学の国際教育研究センターが国費留学生用に開設した3~4ヶ月の集中講座を受講してもらいます。修士課程に入るまでに中級レベルの日本語を身につけることが目標です。
 一方で日本ビジネスについては、日本企業に就職する際の基本的なビジネスルールや日本企業の仕組み等の理解の促進、問題解決能力の養成といった内容の講義を用意し、オムニバス形式で90分×11回(前後期)を行っています。

Q. 「ビジネス作文」ではどういった演習を行うのでしょう。

「ビジネス作文」は、日本人向けのロジカル・シンキングのテキストを用いて行っており、報告書や企画書を作成してもらいます。学生が興味を持てないテーマ設定にするとモチベーションも上がりませんから、就職活動にも活用できるテーマを選んでいます。また、この授業ではEメール、エントリーシートの書き方の演習も行います。例えばEメールの授業では、最初から企業内部でのメールのやり取りを課題にすると、イメージが沸きにくいので、最初は研究室の先輩に出すメールを練習します。次に研究室の先生へ送付するメールの練習、そして、インターンシップでお世話になった企業の担当者にお礼のメールを出すこともします。段階的にやっていくことで、メールを出す相手によってどのように言い回しや敬語を使い分けるかを意識しながら学べるようになっています。

Q. 「日本事情理解(読解)」についても教えてください。

これは、雑誌の対談記事や日本の文学作品を教材にした授業です。上級クラスの留学生たちには、すでに日本での就業経験があったり、BJTビジネス日本語能力テストでもハイスコアを出したりしている学生もいました。彼らは、企業でのポジションが高い50~60代の方々と会話する際のマナーや教養を身につけたいと望んでいます。対談で話される日本語には、話し手同士の上下関係や親密さといった人間関係が反映されますから、そこを探ることで日本人のコミュニケーション作法を理解する意図があります。「伊豆の踊り子」を用いた授業では、茶屋のおばあさんが学生に最上級の敬語をなぜ使うのか等をトピックとして、日本の社会事情が持つ構造と現代日本のつながりについて考え、討論を行いました。
 これらが普遍性のあるプログラムかどうかは別として、学生の関心は高いです。特に就職経験のある学生は、通常のビジネス日本語の授業ではもの足りないと感じる傾向がありますから、学生の求めるものを考慮しながらカリキュラムを組んだ結果がこのような授業につながりました。

Q. その他の科目の概要について教えて下さい。

「BJT対策」は、BJTビジネス日本語テストの模擬試験の演習と日経新聞を用いたビジネス用語の紹介を行います。
 「ビジネス会話」については、自分が企業に入社したと仮定したうえで、「社外からかかってきた電話を取り次ぐ」などのシチュエーションを設定して会話を練習します。それに加えて、明らかにおかしなビジネス会話を見せて、どこがおかしいか討論させ、自分たちだったらどうするのか演じさせたりします。

Q. 日本ビジネスについて教えて下さい。

日本ビジネス教育は、コンソーシアム企業5社の部長クラスの方や海外での勤務を長く経験された方などを講師に迎えた集中授業の形を取って行います。「ビジネスマナー」「問題解決能力講座」「日本企業の風土」「企業特別リレー講座」といったテーマでお話いただき、日本企業に就職する際の基本的なビジネスマナーや日本企業の仕組み、コンソーシアム企業の実際の業務などを理解することを目的としています。その他に、「問題解決能力講座」といったロジカル・シンキングを学ぶ授業もあり、学生から好評を得ています。また、これらの講義をきっかけにコンソーシアム企業に興味を持ち応募・採用に至った学生もいるなど知識以外に学生の就職へのモチベーションとなる成果もありました。

Q. 大学教育の中で、ビジネス日本語教育の位置づけはどのように考えていますか。

従来の留学生に対する日本語教育は、言語知識や言語技術の面のみに焦点が当たっていました。しかし、日本企業への就職を目的とするこのプログラムでは、言語面以外にも態度や思考法にも焦点を当てなければなりません。先日行われたプログラムの中間報告会の際に、中国の内モンゴル出身の学生にプログラム学生の代表として、印象に残った授業について発表してもらいました。その学生は「ビジネス作文」を例に挙げて、「この授業は留学生だけではなく日本人学生にも受ける価値があります」と述べていました。このコメントは、いみじくもビジネス日本語に対する我々の考え方を言い当てています。
 本学では、ビジネス日本語を就職活動、企業への就労に向けた準備の一環として捉えた上で、「ビジネスシーンで用いる日本語の読み書き」だけではなく、「ビジネスパーソンに必要とされるロジカル・シンキング」や「常に相手や場面に配慮してコミュニケーションを行う態度」を学んでほしいと考えているのです。企業や日本社会とのつながりを視野に入れて日本語教育を行うことが本学の特徴です。

Q. 企業からの要望をカリキュラムに反映させたことはありますか。

ロジカル・シンキングは、日本人学生、留学生問わず企業が必要としているスキルですが、そのほかの要望としては、ディスカッションの訓練をさせてほしいという声がありました。相手の意見を咀嚼分析し、的確な答えを返す一連のやり取り中からソリューションを見いだす能力です。そういった演習は、「日本事情理解(討論)」の中などに取り入れています。
 ディスカッションやプレゼンテーションの演習では、一対多のコミュニケーションの際に用いられる言語表現やわかりやすくポイントを伝える技術を学びます。また、ディベートで説得的に議論を構築する力も養います。実は、ビジネス日本語クラス以外でも、中級のクラスで15回の授業のうち2回はプレゼンテーションの演習に当てています。

Q. 群馬大学における一般の教育科目でディベート演習を行う授業はあるのでしょうか。

授業という形ではほとんど行っていないのが現状です。専門教育では月に2回程度の研究報告会がありますから、その際にも教員とあるいは仲間の学生とで突っ込んだ討論が行われます。ただこちらは伝え方よりも研究の中身にウェイトが置かれています。そういう意味では、本プログラムでプレゼンテーション能力やディベート力を、ビジネス日本語を通じて学習できるということは本学の一般の学生と比較したら恵まれた環境にいるのかもしれないですね。ただ、当プログラムの学生の専攻が工学系ですので専門の研究が多忙を極めるため、ビジネス日本語の授業と両立させることは、かなり学生に負荷がかかります。

Q. ビジネス日本語を教えていて苦労した点は?

学生が忙しいので、当初は学生への課題の量を調整するのが難しかったです。また、日本語教師としての研鑽は積んできましたが、企業でのビジネス経験がないため試行錯誤の日々でした。しかし、ビジネス日本語教育の研修会に参加した時、ある方に「ビジネス経験のない人が教えるからこそできるビジネス日本語教育もある」と指摘されてから、企業経験のある人材では客観視できない部分を伝えればいいのではないかと考えを改めました。もちろん勉強はたくさんしないといけません。プログラムの支援機関が開催する、ビジネス日本語や就職支援の研修、日本ビジネス教育でお招きしているコンソーシアム企業の管理職の方による講義は、我々にとっても学ぶことが多いです。このプログラムを通じて、企業の方や工学部の先生方と連携して活動を行ったことは、我々自身の成長にもつながりました。
 一方で、授業以外のところで苦労があります。日本語教員は学内においては留学生の指導教員と留学生の橋渡し役となり、就職活動のときは企業と留学生の橋渡し役となるため、それぞれの間で板挟みになることもあります。(故に、日本語教員は)それぞれの担当者とのコミットの仕方をしっかり考えていかなければなりません。

Q. ビジネス日本語が大学に必要な理由を教えてください。

日本で就職したいという留学生は増えていますから、彼らへのサービスとして授業を充実させることが必要です。充実したビジネス日本語教育を行えば、口コミによるPR効果で日本留学を目指す海外の若者が本学に注目してくれるかもしれません。そういった面で大学側にもメリットはあるのです。
 一方で、企業側から見ても、学生に求める素養が変化してきています。先日新聞記事で「大手100社の企業が学生に求める能力」という記事があったのですが、1位は、調整力・コミュニケーション能力で、意外にも語学力や資格は下位でした。そういった企業の声に答えるためにもビジネス日本語教育は必要です。グローバルになっていく社会を生き抜くためには、狭い意味での語学教育だけでなく、ことばを柔軟かつ適切に運用していく能力を養うことが必要です。これには、自分の考えを論理的に組み立てたり、ポイントを絞って伝えたり、相手の知識を推し量りながら伝え方を変えるなどのスキルも含まれています。社会に出る前に大学で、そこをどれだけ補えるかを考えると、これらは、留学生はもちろん、日本人学生にも必要な教育だと言えます。

Q. ビジネス日本語教育の今後の展望についてお聞かせください。

これからは、企業だけではなく、就職した学生が暮らすことになる地域社会との連携が大切になると思います。アジア人財資金構想のプログラムと工学教育との連携もまだ改善の余地があります。逆説的なようですが、ビジネス日本語と言っても、ビジネス場面で用いられることばの学習だけでは高度情報化社会を生き抜く上では十分とは言えません。今後は、課題発見力や内省力などの強化を見据えた指導を行わないといけないと考えています。

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